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【Medical Report/北方ジャーナル】2021.05. 脳梗塞治療最前線 中村記念病院の血栓回収療法を上山憲司医師に訊く

2021年04月30日

北方ジャーナル2021年5月号掲載(4月15日発売)



脳梗塞治療最前線 中村記念病院の
血栓回収療法を上山憲司医師に訊く


Medical Report


心房細動などで出来た大きな血栓が脳の血管を詰まらせる脳梗塞(心原性脳塞栓症)を発症した際、カテーテルを足の付け根から脳動脈まで通し血栓を取り除く「血栓回収療法」が進化し救命率を向上させている。血栓を回収する機器の進化などにより、これまで救うことのできなかった重症患者の症状が劇的に改善するなど、発展が目覚ましい。急性期脳卒中の治療で全国トップクラスの症例数を持つ社会医療法人医仁会 中村記念病院(札幌市中央区/中村博彦理事長・院長/499床)の脳卒中センター長・上山憲司医師に、この血栓回収療法のメリットなどを訊いた。(3月25日取材)


 



かみやま・けんじ
1964年札幌市出身。1990年札幌医科大学卒業。同年中村記念病院勤務。現在同病院診療本部長、脳卒中センター長、感染対策委員会委員長を兼務。日本脳神経外科学会専門医・指導医。日本脳卒中学会専門医・評議員・代議員


 

 

心臓から脳に飛ぶ血栓


 脳卒中のひとつである脳梗塞は脳内の血管が詰まったり狭くなったりする疾患。血流の途絶えた領域の脳細胞が壊死し、脳神経の機能が失われ、重篤な場合は命を落とすこともある。この脳梗塞のタイプは、直径1ミリにも満たない細い血管(穿通枝)が動脈硬化を起こし脳梗塞になる「ラクナ梗塞」、太い動脈の内側にコレステロールが沈着してプラークが作られ内頚動脈や中大脳動脈が梗塞を起こす「アテローム血栓性脳梗塞」、不整脈の一種である心房細動などで心臓内にできた血栓が血流に乗り脳の動脈を塞ぐ「心原性脳塞栓症」の3つに分類される。
 脳梗塞の前兆としては「手足の片方に力が入らない」「めまいがする」「ろれつが回らない」「話そうとしても言葉が上手く出てこない」「ものが二重に見える」などがある。これらは一過性脳虚血発作(TIA)と呼ばれ、一般的には数分から15分程度出現しすぐに治るとされる。ただ、この状態を放置していると、20~30%の人が脳梗塞を発症するとされており、症状を感じたら専門医を受診することをお勧めする。
 上山医師によると、ラクナ梗塞は高血圧への対策が進んだこともあり減少しているが、食生活の欧米化や高齢化の進展でアテローム血栓症脳梗塞と心原性脳塞栓症は増加傾向にある。ラクナ梗塞とアテローム血栓症脳梗塞の症状は比較的軽いが、心原性脳塞栓症は血栓そのものが大きく梗塞の範囲が広くなるため症状は重くなることが多いという。
 脳梗塞の治療は、一般的には血液をさらさらにする点滴と再発予防の内服薬を中心とした保存的療法を行なう。脳梗塞の大きな原因は動脈硬化と心臓疾患にあるので、発症しないようにするには高血圧症や糖尿病、脂質異常症などの管理に加え禁煙、禁酒も必要となる。
 足の付け根の血管から脳動脈までカテーテルを入れ血栓を取り除く「血栓回収療法」の対象となるのは、脳梗塞の中でも深刻な心原性脳塞栓症が多い。発症から4時間半以内であれば、血栓溶解剤「t-PA」を静脈注射し様子を見る。血栓が溶けて早い時期に血流が再開すると劇的に症状が改善する。
 この薬を使っても血栓が大きく溶けない場合はМRI画像などで状況を確認しながら血栓回収療法が行なわれる。最近は機器の性能が向上しステント(金属の網)型のデバイスで血栓を絡めとる方法も実施されており、日本の脳卒中治療ガイドラインでも「行なうことが強く勧められる治療法」と位置付けられている。
「血栓回収療法を実施するのは『大きい血管が詰まっている』『比較的重症』『脳梗塞になって間もない』 などのケースです。脳神経が著しくダメージを受けている状態では、大出血を起こす恐れがあるため血栓回収療法は採用しません」(上山医師、以下同)
 中村記念病院には年間3000から4000件の救急搬送があるが、この中の急性期脳卒中患者は800から1000人を占め、その約75%が脳梗塞によるもの。このうち心原性脳塞栓症はおよそ200から300症例で、これらの患者の中には心房細動を患っているケースが増えているという。
「ある報告によると55歳未満では男性0・2%、女性0・1%。それが加齢と共に増加し、85歳以上になると男性11・1%、女性9・1%の方が心房細動を持っているとされています」
 上山医師が診てきた心原性脳塞栓症患者も75歳以上の高齢者が中心だ。発症率では、女性6割・男性4割と女性の割合が若干多く、全国的に心原性脳塞栓症は脳梗塞全体の3分の1を占めている。手術は局所麻酔下で行ない、所要時間はおおむね30分とのことだ。
「手術を終えたら早い人では2週間程度で退院できます。ただ、麻痺があると1カ月以内、重症患者は数カ月のリハビリが必要です。当病院では1990年代にカテーテルを入れて血栓を溶かす治療法を行なっていましたが、この療法は出血が多くなりがちなため、2010年を過ぎた頃から血栓回収療法を導入しています。かねてから私たちは医師が24時間対応する救急体制を整えており、患者さんのもとに駆けつけた救急隊員が脳梗塞に間違いないと判断した場合、真っ先に患者を搬送してくるケースが多い」


 


脳塞栓症により内頸動脈が閉塞した状態(左)と血栓を回収し血流が完全に回復した状態

 


ステントによって回収された血栓


 中村記念病院は日本で最初の脳神経外科専門病院として1967年に開設。半世紀以上にわたり脳疾患を総合的に診る体制を整備し、名医を輩出してきたことでも知られる。またセンター化により脳疾患外科分野の疾患をより正確かつ安全に治療。「脳卒中センター」「脳腫瘍センター」「脳血管内治療センター」「МVD(微小血管減圧術)センター」「神経内視鏡・下垂体センター」「脊椎・脊髄・抹消神経センター」「ガンマナイフセンター」などを設け、きめ細かな診療にも取り組んでいる。院内には循環器内科や消化器内科、整形外科、耳鼻咽喉科、眼科、呼吸器内科なども併設。他の診療科と連携しながらチーム医療に取り組んでいる。
 診療本部長と脳卒中センター長を兼任する上山医師は札幌市出身。札幌医科大学に進んだ当初はがん治療を目指していたが、市内の脳神経外科病院との縁がきっかけとなり脳神経外科学を専攻。卒業後は「手術の腕を磨きたい」と急性期患者の多い中村記念病院に赴任し、現在に至っている。
 同病院の脳卒中センターは専門医13人を擁し、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血発症直後の急性期治療(外科治療、血管内治療、内科治療)に迅速に対応している。
 手がけている血栓回収療法について上山医師は、「手術を行なっている最中は痛みはほとんどありません。血流の完全再開通が得られれば術後のQOLもおおむね良好です」
 としたうえで「t-PA治療に加え血栓を除去するデバイスの性能が向上し、心原性脳塞栓症の治療はかつてに比べ飛躍的に進歩してきました。脳梗塞は前兆の違和感や軽い症状でも軽視せず、専門病院に診てもらってほしい」と呼びかけている。


 


社会医療法人医仁会
中村記念病院
札幌市中央区南1条西14丁目
TEL:011-231-8555


 

 

 

 

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