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2023年02月06日
北方ジャーナル2023年2月号掲載(2月15日発売)
Medical Report
日本女性の9人に1人が発症するとされる乳がんだが、2020年から始まった新型コロナの3年間で「がん検診控え」が進んだことで、これと反比例するように進行がんが増えていることが問題になっている。医療法人社団北つむぎ会「さっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニック(札幌市北区)の亀田博院長・理事長は、「いま乳がんは治る時代になりつつある。いたずらに新型コロナを恐れることなく、大事な自分の命を守るために必要な検診を受けてほしい」と早期発見、早期治療を呼び掛ける。その亀田院長に、乳がん検診の重要性と日進月歩で進歩している治療法について訊いた。(12月16日取材・工藤年泰)
かめだ・ひろし
1980年北海道大学医学部卒業。同大第一外科入局、小児外科・乳腺甲状腺外科の診療と研究に従事。2001年麻生乳腺甲状腺クリニック開院。17年6月に法人名・施設名を医療法人社団北つむぎ会 さっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニックに改称。日本乳癌学会専門医、日本外科学会専門医、日本がん治療認定医療機関暫定教育医・認定医、アメリカ臨床腫瘍学会(ASCO)会員、医学博士
「新型コロナの感染が始まった最初の頃は、志村けんさんなど複数の芸能人が感染死しました。重症化率・死亡率も今より高く、特に65歳以上のシニア層に恐怖感が生まれ『がん検診控え』につながったのではないかと考えています。2021年から検診控えはしだいに解消に向かいましたが、がん研有明病院(東京都江東区)は、20年4月~5月の非常事態宣言下では過去5年の平均比で新患が48・9%減、解除後も22・3%少なかったと報告しています」 こう語るのは、さっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニックの亀田博院長だ。
同クリニックでも20年は、例年100~120件ある手術数が10~15%程減少した。現在、手術数は元に戻っているが、21年は検診控えが響いた形でステージⅠの初期がんが減少し、ステージⅡ以上の進行がんが増加。中でも初診時から骨や肝臓などに遠隔転移が見られるステージⅣが増えたのは、驚きだったという。
乳がんの病期はⅠ期からⅣ期(※非浸潤癌は0期)まである。腫瘍の大きさ別に解説すると、2センチ以下で脇の下のリンパ節に転移していない状態が「ステージⅠ期」で、2021年12月にがん研究センターが発表した10年無再発生存率は99・0%。「ステージⅡA期」は腫瘍が2センチ以下で脇の下のリンパ節への転移があるもの。「ステージⅡB期」は腫瘍が2センチ以上5センチ以下で、リンパ節への転移がある場合。これら「ⅡA期」と「ⅡB期」の10年無再発生存率は90・7%。「ステージⅢA期」は腫瘍が5・1センチ以上でリンパ節転移が陽性の場合。「ステージⅢB期」は腫瘍が皮膚から露出したり、胸の筋肉に広がった状態。「ステージⅢC期」は鎖骨の近くにリンパ節転移が見られ、これらⅢ期の10年生存率は68・6%。内臓や骨などに遠隔転移している「ステージⅣ期」の10年平均生存率は19・4%とぐっと下がる。
検診控えの影響で進行性乳がんが増加したことを受け、亀田院長は次のように呼びかける。
「早期にがんが発見できれば、ほとんど命を救うことができるので、やはり検診は重要です。私が医師になった43年前は道内の乳がん患者は約500人。それが今は5倍の2500人と明らかに増えています。いたずらに新型コロナを恐れず、必要な検診を受けて健康を守ってほしい」
今や日本女性の9人に1人が罹るという乳がん。この増加の背景には、初潮年齢の早期化や出産歴がないなど、女性のライフスタイルの変化があると言われる。特に最近は女性ホルモンの影響を受けて増殖するホルモン感受性乳がんが増加傾向にある。これは、体内から出る女性ホルモンだけでなく、食の欧米化に伴い牛乳などに含まれる女性ホルモンや環境ホルモンなどを外部から取り込む影響もあるようだ。今や日本女性の9人に1人が罹るという乳がん。この増加の背景には、初潮年齢の早期化や出産歴がないなど、女性のライフスタイルの変化があると言われる。特に最近は女性ホルモンの影響を受けて増殖するホルモン感受性乳がんが増加傾向にある。これは、体内から出る女性ホルモンだけでなく、食の欧米化に伴い牛乳などに含まれる女性ホルモンや環境ホルモンなどを外部から取り込む影響もあるようだ。
乳がん検診をめぐっては、普及に伴い死亡率の減少が認められるとして、国は40歳から2年に1回の検診を推奨している。原則として症状のない人を対象に問診とマンモグラフィー(乳房X線検査)が行なわれるが、40代で高濃度乳房(※乳腺が多く全体が白く写るタイプ)の女性には超音波背検査の併用が勧められる。現在、乳がん検診は国の指針に従い問診と乳房の観察、マンモグラフィーによる画像診断が行なわれているが、二の足を踏む女性も少なくないという。「胸を見られるので恥ずかしいという声やマンモグラフィーで乳房を挟まれるため痛いという人も多く、乳がん検診はがん検診の中でも最も受診率が低い。乳がん検診先進地である宮城県や徳島県などでは検診率は高いが、全体的に見るとやはり敬遠されがちです」(亀田院長、以下同)
検診で乳がんが疑われた場合、腫瘤の針生検が行なわれるが、がんの診断をはじめ免疫染色を行なうことでがんのサブタイプを決定できるため術前治療の大きな参考になる。腫瘤がなく石灰化のみの場合は、主にST-MMT(マンモトーム生検)が行なわれる。 乳がん検診については、日本対がん協会などが2007年から12年にかけて大規模調査「J‐START」を行なっている。この調査で、マンモグラフィーのみの検診とマンモとエコーを併用する比較試験をしたところ、マンモとエコーの併用では早期がんの発見率がマンモ単独の1・5倍になったことが報告されている。ただ、その中には良性の腫瘍も含まれており、その分だけ精密検査が増えたことも浮き彫りになった。
「大内憲明・東北大教授(代表研究者)らは、この結果を2016年1月に査読制の伝統ある医学雑誌『ランセット』(英国)に報告しました。そしてJ‐STARTの結果から、マンモグラフィー、エコーにより見つかった良性腫瘍は出来るだけ精密検査から外そうという動き(疾患区分の変更)が出てきました。一方、2021年から国はこれまでの乳がん検診の結果を検証し、今後の検診のありかたに反映させようと都道府県に指示を出しています」
乳房を全摘せず、周囲の正常乳腺を含むがん組織を部分的に切除し、術後に放射線治療を行なう乳房温存療法は、1960年代後半にアメリカの外科医バーナード・フィッシャーが提唱し、アメリカとイタリアで実施された。一方で「乳がんは全摘」が主流だった日本での導入は遅く、一例目の手術が行なわれたのは1986年頃。
北海道では87年の秋に北大医学部第一外科で道内1例目の温存手術があり、亀田院長は先輩医師と一緒にこの手術を手掛けた。「乳がん治療で無作為化大規模試験を行ない統計学的に検証されたフィッシャーの温存療法は、それまでの乳がん治療を大きく変えました。今は日本の大学病院やがんセンターを中心に多施設で大規模な治験を行なう時は統計の専門家が参加しています。つまり、治験前から治験計画を設計し、必要な人数を算定し、一次エンドポイント、二次エンドポイントを決めたり重要な役割をします。一言でいえば、統計専門家なしの治験は不可能です」
日本女性の乳がんは、女性ホルモンががん細胞の増殖に関わるルミナルタイプが多く、治療はホルモンの働きを抑制するホルモン療法が用いられている。
一方、HER2(ハーツー)と呼ばれる、がん細胞の増殖に関係するたんぱく質が乳がん細胞の表面に多く存在する「HER2」陽性タイプ、さらにホルモン受容体とHER2が陰性で悪性度の高い「トリプルネガティブ」タイプの乳がんなどのサブタイプに分類される。
「HER2」陽性タイプには分子標的治療薬「ハーセプチン」による治療が行なわれている。
「日本では術前治療として化学療法とホルモン療法がありますが、行なわれているのは、ほとんどが化学療法です。HER2タイプの乳がんについては、切除手術の前にハーセプチンと抗がん剤を併用します。ハーセプチンはHER2タイプで約60~70%で病理学的完全寛解(PCR)、も多くみられます。また、「トリプルネガティブ」タイプも術前化学療法で同程度のPCR率が得られます。
術前治療によって完全寛解を得られるなら切除は行なわなくてもいいのではという疑問については、次のような見通しを語る。
「国際的には、ハーセプチンなどで全部腫瘍が消えた人を手術せずに見守ることができるか、生検で乳がんの有無を調べ放射線治療を実施しながら治験を行なっています(Lancet Oncology 2022.10)。治験は日本でも行なわれており、この結果をガイドラインにまで持っていけたら、ある条件下では手術をしないケースが出てくる可能性もあります」
がんの増殖などに関係する分子を狙い撃ちする遺伝子組換え製剤であるハーセプチン(正式名称・トラスツズマブ)は、米国で開発され1998年に認可された。最初の頃は再発乳がんの治療に限定されていたが、日本では2008年から術後にも、12年からは術前でも使えるようになった。ハーセプチンが再発乳がんにしか使えなかった頃、イギリスの看護婦が自費で打つため自宅を売りに出したという逸話もある。
期待の新薬も出ている。2年前に第一三共が開発した抗体薬物複合体の「エンハーツ」は、2019年にアメリカで最初の承認を得た薬で、HER2の発現が少なく薬の効果が期待できないと考えられていた患者にも効果があることが分かった。ファイザーの抗悪性腫瘍剤「イブランス」のようにホルモン療法を助ける新しいタイプの抗がん剤もある。脱毛や吐き気などの副作用はあるが、数年使用することが可能。同クリニックの患者の中には、この薬で転移した肺がんが消えた人もいるという。免疫チェックポイント阻害剤「キイトルーダ」は再発乳がんでの使用が認められ、抗がん剤と併用して治療を行なう。
「新薬については、臨床試験で一定以上の成績を上げてから論文として発表。その後、薬事委員会が承認するという流れですが、私は学会で発表され、実際の臨床で治療成績が良ければ使うことにしています。ハーセプチンには及びませんが、ファイザーの『イブランス』はホルモン剤が効くタイプの乳がんであれば効果があるでしょう。治療薬は日進月歩で開発が進んでおり、治療にホルモン剤が使われる乳がんについては同様の薬はもっと出てくると思います」
さっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニックでは検査体制も充実している。乳がんを多方向から撮影する最新の3Dマンモグラフィーによる断層撮影をはじめエラストグラフィ(超音波組織弾性撮影法)を搭載したエコーを導入。エラストグラフィは、良性の腫瘍に比べて硬いがん組織に着目し、超音波で腫瘍の硬さを検出し画像化することでより正確なエコー診断を可能にしている。 マンモグラフィー、エコーの検査では女性技師2人がスタンバイするなど患者に寄り添ったきめ細やかさも忘れない。40代以降の女性は必要な検診で乳がんの早期発見、早期治療を心がけてほしいものだ。
医療法人社団 北つむぎ会
さっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニック
札幌市北区北38条西8丁目2-3
TEL:011-709-3700